時代の変化の錯覚

昭和生まれの俺たちは特にそうかもしれないね。

3つの時代をまたいでるだけに平成から令和にかけてのメカの進歩についていけない昭和人がたくさんいる。

 

確かにレコードからCDに変わった頃よりガラケーからスマホに変わった今の方がもっと難しく、めんどくさくなってるように思いたくなるのも事実だけど

メカやスマホのクオリティーに目をつけるからそう感じるんだろうけど、実は進歩していく経緯や新しいものを覚えていかないと生活が不便に思うという感覚は結局どの時代も同じだと思うね。

 

明治生まれの人が昭和に入ってTVや洗濯機、そして電話というものが導入されたときって、今CDが配信に変わったという変化以上の感覚だったと思う。

 

生活にどうしても必要かどうかだろうし

どうしてもそれがないと生活できないと思えば嫌でも覚えていくだろう。

嵐がラストLIVEをこの前やったとき、スマホを持ったことない昭和生まれの年配者がそれを見たいために必死で勉強したという(笑)

 

そういうことだと思った。

 

時代のせいだけではないってことやね。